こんばんは、DolceAmaroです。
いつもながら、公演が終わると更新も途絶えますが、、、また書いていこうと思います。
まず、次回公演のご案内。
第8回公演は、モンテヴェルディのマドリガーレ第3巻を全曲、演奏します!
DolceAmaro第8回公演
クラウディオ・モンテヴェルディ:マドリガーレ集 第3巻
il Terzo libro de Madrigali di CLAUDIO MONTEVERDI
● 2025年2月11日(火・祝) 14時開演
松明堂 音楽ホール (新所沢駅 徒歩3分)
● 2025年2月12日(水) 19時開演
サルビアホール3F 音楽ホール (鶴見駅 徒歩2分)
入場料:一般 4,000円 (学生半額)
ペア 7,000円
プログラム:
5声マドリガーレ集 第3巻(1592年、ヴェネツィア版)
です。
マドリガーレ、と言えばモンテヴェルディ、と言えてしまうほど、マドリガーレという音楽に於いてめちゃくちゃ重要人物であるモンテヴェルディですが、よく知らない方の為に簡単に、モンテヴェルディを紹介します。
1567年、北イタリアのバイオリンで有名な街、クレモナの生まれで、なんと15歳で最初の曲集を出版しています。
クレモナ時代から、その後マントヴァ宮廷に20数年、そしてヴェネツィアのサン・マルコ寺院に30年ほど仕え、1643年にヴェネツィアにてこの世を去り、今もヴェネツィアの教会に埋葬されています。
モンテヴェルディはその生涯を通じて、宗教曲ももちろん書いています(ここのところ沢山演奏されている有名曲も!)、オペラも沢山書いていますが、所謂世俗曲、マドリガーレを若い頃から晩年まで、ずっと書き続けていました。
その生涯の中で「通奏低音の発明」、「オペラの誕生」、「新音楽や第二の作法の提唱」、「オペラ劇場の誕生」など、音楽史的な大事件が沢山起きた時代をまたいで生きていたモンテヴェルディですが、だからこそ、生前に出版した1巻〜8巻のマドリガーレ集は、年を経るごとに如実にその様を変えていきます。
1580年頃、無伴奏多声部で書かれるしかありえなかったマドリガーレは、例えばソロ歌手とオーケストラ、といったようなスタイルにまで変わってしまうのです。
もちろん、ただ生き永らえたという事ではなく、まず長命だった事もですし、その晩年まで新しい音楽、表現、情感の表出方法を模索し続け成長・挑戦し続けた事、また若い頃から晩年まで、どの時代にも音楽的に素晴らしい作品を沢山残したモンテヴェルディだったからこそ生まれた変化。
ですがそのおかげで現代の私たちは、モンテヴェルディのマドリガーレ作品を、巻を追って見ていく、聴いていくだけで、この時代の音楽にどんな変化があったのかを、大まかには、感じることができます。
もっと簡単なつもりが、削ってもちょっと多めになってしまいましたが、かなり大雑把に言って、モンテヴェルディとはこんな人、です。
そして今回演奏するのは、そのマドリガーレ集の中の3つ目に描かれた曲集、5声マドリガーレ集第3巻です。こちらはある程度込み入った話も出てきますが、説明してみます。
1592年に出版された曲集ですが、献辞は6月27日に書かれています。
(←左の写真は記載の通り重版(確か第4版)、1604年の出版です)
実はモンテヴェルディがマントヴァに仕え始めた正確な時期はわかっていないのですが、給与明細には1592年になって初めてモンテヴェルディの名前が出てくるものの、1590年か91年頃にはマントヴァに居たとされています。
この曲集を見ても、マントヴァに長く仕えていた大作曲家、ジャケス・デ・ヴェルトの影響を感じられる部分、マントヴァとのつながりのあるフェッラーラの影響を感じられる部分もある事から、92年に来てすぐ書いた、というよりは、もう少しマントヴァでの生活があって書いた、と考える方が自然でしょうか。
曲数は全部で15曲、ただ2部編成の曲が1曲、3部編成の曲が2曲あるので、実質20曲、と言えます。
曲を見て見ましょう。
【第3巻 全曲名】
3-01 La giovinetta pianta | 若い樹木は | Anonimo |
3-02 O come è gran martire | あぁ、なんと大きな苦しみか | Giovanni Battista Guarini |
3-03 Sovra tenere erbette e bianchi fiori | 柔らかな草と白い花の上に | Anonimo |
3-04 O dolce anima mia | あぁ、優しい私の心よ、本当なのか | Giovanni Battista Guarini |
3-05 Stracciami pur il core | 私の心を引き裂いて | Giovanni Battista Guarini |
3-06 O rossignuol ch'in queste verdi fronde | おぉ、緑の枝の小夜鳴き鳥よ | Pietro Bembo |
3-07 Se per estremo ardore | もしも非常な情熱が | Giovanni Battista Guarini |
3-08 Vattene pur crudel, con quella pace | どうか行って、酷い人、あの平安とともに | Torquato Tasso |
Là tra'l sangu'e le morti egro giacente | 血と死人たちの間で苦しみ横たわるあそこで | |
Poi ch'ella in sè tornò deserto e muto | 彼女が独り気を取り戻すと、人気なく音もない | |
3-09 O primavera, gioventù de l'anno | おぉ春よ、一年のうちの若き季節よ | Giovanni Battista Guarini |
3-10 Perfidissimo volto | 悪意に満ちたその顔 | Giovanni Battista Guarini |
3-11 Ch'io non t'ami, cor mio | 僕が君を愛してないと、心の人よ? | Giovanni Battista Guarini |
3-12 Occhi un tempo mia vita | 目よ、ひと時だけ、私の命よ | Giovanni Battista Guarini |
3-13 Vivrò frai tormenti e le mie cure | 私の苦しみと悩みの中私は生きていこう | Torquato Tasso |
Ma dove, O lasso me, dove restaro? | だがどこに、あぁ哀れな私よ、どこにあるのだ | |
Io pur verrò là dove sete; e voi | 私も行こう、貴女の在る所へ、 | |
3-14 Lumi, miei cari lumi | 光、僕の愛しい光よ、 | Giovanni Battista Guarini |
3-15 Rimanti in pace | 「どうか元気で」美しく悲しげなフィッリダに | Livio Celiano |
Ond'ei di morte la sua faccia impressa | それから彼は、死の刻まれたその顔で言った |
Guarini:9, Tasso:2, Bembo:1, Celiano:1, anonimo:2
この通りです。
こうしてみると、
他にLivio Celiano (=Angelo Grillo)、Pietro Bemboが1曲ずつ、
Torquato Tassoが2曲、作詞者不明が2曲。
残り9曲がGuariniの詩に書かれているのがわかります。
15曲中、実に9曲。なかなかの数です。
詩人を簡単に紹介しましょうか。
【第3巻に用いられた詩の作詞者達】
Livio Celianoは、また当時の有名な詩人で、この人の詩に書かれたマドリガーレも少なくありません。Angelo Grilloという名の方が恐らく名は通っていて、聖職者でもありAngeloの名前で宗教的な詩を多く書いています。
この人の詩 Rimanti in pace は曲集の終曲。2人の恋人同士のシーンですが、よく情景のわかる、捉えやすい詩だなと思います。
Pietro Bemboだけはちょっと前の世代の詩人です。この世代とペトラルカの時代を繋ぐ存在と言えます。枢機卿にもなった人で、ペトラルカの研究者でもあり、この時代のイタリア語を整えた人と言ってもいいかもしれません。整然とした美しい詩を書きます。
この 一曲だけ収められたBemboの曲 O rossignuol, ch'in queste verdi fronde は、どの曲も美しい3巻の中でも特に異彩を放っていると思います。 演奏をお楽しみに。
そしてTassoの2曲は、いずれも『Gerusalemme liberata 解放されたエルサレム』からの引用です。
モンテヴェルディの後期のマドリガーレで有名なTancredi e Clorinda も、もちろんここから取られた詩ですが、2曲のうちの1曲 Vivrò fra i miei tormenti は、この有名なシーンの後、Clorindaを失った事を嘆くTancrediの歌です。
そしてもう1曲 Vattene pur, crudel は、別の2人の重要人物、リナルドとアルミーダの別れのシーンです。
2曲だけとはいえ、どちらも3部編成、20曲中の6曲ですからなかなかのボリュームです。この曲がまたそれぞれ素晴らしい(笑)。
その後の時代に起きるマドリガーレという音楽の変化を如実に予感させる曲たちです。
そして残りの9曲がGiovanni Battista Guariniですが、この人はマドリガーレの世界ではなくてはならない人で、『Il pastor fido 忠実な羊飼い』という牧歌劇で何より有名な人です。アマリッリやミルティッロ、ドリンダやシルヴィオが出てくるこの物語は当時も人気で、本当に沢山のマドリガーレがここから生まれています。
そしてこの3巻に収められたGuariniの曲のうち1曲、 O primavera, gioventù de l'anno だけ、前述のil pastor fidoから取られています。モンテヴェルディは4巻、5巻でもGuariniの曲を沢山書いてますが、そちらはil Pastor fidoの曲が多くなります。そして、他8曲はそれぞれ単独の詩。
私個人としては、Guariniの詩はLivio CelianoやTassoより捉えづらい気がしていて、思考的というよりは感覚的、というか、頭で考えるのとはまた違う回路が必要な気がします。
それで、この曲集に用いられた詩は以上のとおりなのですが、実はある程度の数の詩が、ある一冊の詩集に収められています。
Rime di diversi celebri poeti dell'età nostra
我らの世代の様々な素晴らしい詩人たちの詩集
という、1587年にベルガモで出版されている詩集なんですが、Celianoの詩とGuariniの6曲の詩がこの中に収められています。
モンテヴェルディは90年ごろにマントヴァに来たとして、Guariniは当時から有名でしたでしょうから周りに彼の詩は溢れていたのかもしれません。
でも、その中に恐らくこの詩集もあったのだろうな、と思っています。
ここに載ってない曲のうち一つ Occhi un tempo mia vita は同郷のマントヴァの先輩 Benedetto Pallavicino が以前作曲していて、モンテヴェルディが初めて作曲したと思われる Se per estremo ardore だけが、詩集にも入っていないGuariniの詩、ということになります。
なんだかずいぶん長く書いてしまいました…。
簡単にモンテヴェルディと第3巻を紹介するつもりが、概説のような感じになってしまいましたが、ともかくこういった曲集です。
音楽については、もう、、、素晴らしく美しいです。1曲1曲、これのココが素晴らしい!!などと話すこともできますが、それはしません。ただ素晴らしいのは間違いない。
モンテヴェルディの5声マドリガーレ、というと、どちらかというとどうしても第4巻以降の方が有名であり、比較的よく歌われると思います。
ですが私は、第4巻や5巻よりも、第3巻の方が好きです。この曲集の全曲公演が出来ることは、本当に嬉しい。
これから2月の公演まで、また時々、3巻の魅力をお伝えするブログを書こうと思います。是非また読んで、そして公演にいらしてくださいませ!!!
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